出生前診断の検査の種類には疾患がわかるものと確率がわかるものがある

コラム

医療の現場で出生前診断が行われるようになってから30年余りになります。ですが実際にはそれがどういう技術でどの様に行われているのかは、あまり知られていません。たいていは胎児の障害や病気が分かるらしいという程度ではないでしょうか。そしてそれにはどんな問題があるのかについても、一般に語られることは多くありません。

出生前診断にはどんな種類があり何がわかるのか

日本で現在行われている出生前診断の種類には超音波(エコー)、羊水、絨毛、臍帯血及び母体血清マーカーがあります。超音波検査は妊婦のほぼ全員が検診の度に受けている検査です。この検査では胎児の体全体や内臓器官の形が見えるので、発育や形態に異常がないかどうかのチェックに使用されています。ところでこの異常という言葉は教科書通りではないという意味で、異常という言葉を使っているだけで疾患や障害があることを意味しているわけではありません。ですから医師に異常があるから精密検査を受けなさいと言われたり、専門医を紹介されたりしたからと言って必ずしも胎児に疾患や障害が、あるわけではありません。 羊水検査は出生前診断の代表的なもので、妊娠15~18週ごろに羊水をとってその中に混じっている胎児細胞を集めて培養し、それを使って染色体の数と形態を調べます。一般に35歳以上の高齢妊娠の場合には若いときに比べて卵子に染色体数の異常が生じやすいといわれていて、それを心配する高齢の妊婦さんがこの染色体の検査を希望することが多くなっているのです。

技術が難しいものもある出生前の検査

羊水検査で何らかの異常があると診断されたほとんどの妊婦さんが、人口妊娠中絶を選択しています。このことから羊水検査は、胎児を染色体の数や形状によって選択的に中絶するための検査技術だと言わざるを得ません。この羊水検査は検査結果が出るのが妊娠20週頃と、中絶可能な週数ぎりぎりでしかも胎児がかなり大きくなっているため、中絶する場合には妊婦の心身にかなりの負担がかかります。そこでもっと早期に診断ができるようにと開発されたのが、絨毛検査です。言い換えればこの絨毛検査は胎児の障害を早く知って、中絶の選択を容易にするために考え出された方法といえます。ただし絨毛の採取によって流産が引き起こされるなど技術が難しいうえ、検査結果の信頼性にも問題があるのであまり行われていません。 へその緒から胎児血を採取する臍帯血検査は、絨毛の採取よりもさらに難しいので絨毛検査よりも実施件数は少なく一般的な検査ではありません。医師が実験研究の目的のために行われている、検査だといえるでしょう。母体血清マーカー検査は母体血中の3つの成分の多少によって、胎児にダウン症などの障害があるかもしれないという可能性を算出しているにすぎません。

誰でも疾病障害がある遺伝子を持っている

母体血清マーカー検査で異常値が出たからと言って胎児に障害がある可能性が高いといわれても、何の異常もない場合が多くあります。本当に胎児に障害があるかどうかを確認するためには、羊水検査を受けなければなりません。このように母体血清マーカー検査は、胎児を荒っぽく正常値群と異常値群に振り分けるだけの検査なので受診する必要はありません。現在一般的に行われている出生前診断でわかる疾病や障害はそう多くなく、また検査も100%確実であるというものではないのです。 私たちはたくさんの有害物質に囲まれて生活していて、否応なく汚染を受けていますから胎児に影響はないのだろうかと不安になるのは無理もありません。ただその不安は、出生前診断を受けたからと言って解消されるものではないのです。絨毛、羊水あるいはへその緒から採取した胎児細胞を利用して、昨今では染色体の数ばかりではなく形やいろいろな遺伝子の違いも調査できます。しかもごくわずかの血液で、何十何百という遺伝子を調べることができるのです。一方誰でもすべての人が疾患や障害を起こす可能性がある遺伝子を持っているということもわかってきました。

幸福で充実した人生というのはどんなことか

完璧に丈夫な遺伝子だけでできている人は、全くいません。ですから調べれば誰でもいくつかの遺伝子異常が見つかることになり、出生前診断によって安心するどころかかえって不安を大きくしてしまうことになるでしょう。また環境汚染によってがんにかかることを恐れるあまり、がんにかかりやすい遺伝子を持っている胎児を中絶してしまおうという発生予防という手法が現実化しないとも限りません。というのは、環境汚染対策にかかる費用よりも妊婦あるいは妊娠可能な年齢層への遺伝子検査を行って、環境汚染による発がんの予防を図るほうがはるかに安く済ませることができるからです。もう一つ完璧な赤ちゃん、完全な健康、幻想を多かれ少なかれ誰も持っています。完全な健康が国の保険政策の最終目標として掲げられているので、そういうものがあるかのように思い込みがちですが環境汚染の有無にかかわらず完璧な赤ちゃん、完全な健康というものは存在することはありません。健康に生まれ、健康に育ち、健康に人生を送り寿命が尽きるまで健康であるような人生でなければ、幸福な充実した人生とは言えないのです。人生の最初の段階で疾病や障害を持っていたとしても、それを理由に子供の人生自体を奪うとということはあってはならないことでしょう。

結果を可能性で知らせる検査があります。

採血することで行われる出生前検査を、母体血清マーカー検査といいます。この検査は結果が可能性(確率)で出てくるため、採血だけで簡単にわかる検査とは言えません。また妊娠の経過に沿って値が大きく変化するため、妊娠15~20週の限られた期間に採血されたものでしか検査はできません。この時期に妊婦から少量の血液を採り、血液中の3つの科学的成分の濃度を測定します。これに妊婦の年齢、妊娠週数、体重、人種などの妊婦固有の情報を加えて算定するのですが胎児の障害といっても、ダウン症候群、神経管閉鎖不全症であるかどうかの可能性のみが調べることができるだけで、それ以外の障害の可能性は調べることはできないものなのです。 結果についてはダウン症の場合、178分の1とか956分の1の可能性という知らされ方になります。あくまで確率ですから、当然確率が高くてもダウン症でない場合や確率が低くて大丈夫ですと言われていても、ダウン症である場合も起こっています。この結果は可能性で出るため、ダウン症の確定診断のためには羊水検査が必要となるのです。羊水検査が可能な期間は妊娠15~18週の期間になります。

重大な決定は妊婦の精神的な負担になります

母体血清マーカー検査の結果により羊水検査を受けるか受けないか、また羊水検査の結果胎児に障害があると分かったとき中絶するかどうかも、わずか1~2週間で結論を出さなければならないことになります。この検査の窓口は産科医になりますが、このような重大な結論をしかも短期間で妊婦が下さざるを得ない可能性がある検査であるということを、前もって十分に説明する医師はほとんどいません。産科医の仕事は出産に関することなので生まれた子供に何かあれば、治療は小児科に回りますから産科医は障害を持って生まれた子供がどのように育っているかを知らないことが多いですし、また多くの障害者が一般社会の中でごく当たり前に生活していることなどは、積極的に知ろうとしない限り知る機会が乏しいといえます。そのため障害児を生んでしまうかもしれないといった妊婦の相談相手にはなりにくいのが現状です。 採血だけで簡単に検査をすることができるということで、多くの妊婦が結果の重大性を理解せず軽い気持ちで受け不安と混乱の中に放り込まれています。こういった現実を受けて厚生省は、母体血清マーカー検査に関する見解を出し妊婦が検査の内容や結果について十分な認識を持たず検査が行われる傾向があることや、確率で示された検査結果について妊婦が誤解したり不安を感じてしまうといった見解をだし、注意を呼びかけました。